春ウコンと秋ウコンの違いと歴史

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春ウコンと秋ウコン

ウコンには春に花を咲かせる春ウコンと、秋に花を咲かせる秋ウコンの2種類があります。

秋ウコンは、主に食品の色素や染料として利用され、春ウコンは昔から、健康増進などの目的に使われてきました。

一般的に日本ではウコンというと秋ウコンのことをいいます。

春ウコンは正式にはキョウオウと呼ばれ、量的には秋ウコンと比べ生産量が少なく、手に入れるのが困難になっています。

春ウコンと秋ウコンの一番わかりやすい見分け方は、葉の裏側を比べてみることです。

ザラザラしているのが春ウコン、ツルツルしているのが秋ウコンです。

また、根茎を輪切りにすると、春ウコンは透明な黄色で、味は刺激性のある辛味と苦味があります。

秋ウコンはだいだい色がかった黄色で、独特な香りがありますが、苦味はありません。

ウコンが日本で広まった背景

ウコンは初め、南方の諸国から当時交易のあった琉球王国に輸入され、後、薩摩藩に伝わるというルートで日本にやってきました。

当時の資料によると、ウコンは薩摩藩では琉球の1.7倍、関西地方では30倍という価格で売られており、まさに「幻の秘薬」とでもいうべき評判を得ていたのです。

日本の本土に広くいきわたったのは室町時代で、江戸時代初期には、幕府が創設した麻布御薬園という薬草園で栽培され、薬品や染料として利用されていました。

かつての琉球王朝では、砂糖のほか、ウコンにも専売制度が敷かれていたといわれています。

薬用、食用、染料、また鑑賞用として幅広く利用できる高いウコンは、庶民にとっても極めて需要が高く、王府の財政を助ける貴重な産物だったに違いありません。

ウコンはまさしく、高嶺(高値)の花だったのです。

ウコンの一般人による栽培は禁じられ、非常に厳重に管理されていたようです。

植え付けの際は、必ず監視人がついて、人夫の1人1人に根茎の数を確認しながら手渡し、作業が終わった時には、盗みを働いた者がいないかどうかを調べるため、服装検査まで行っていました。

収穫時も必ず監視人が立ち会い、ウコンが外部に流出することのないよう、それは徹底した管理が行われていたのです。

これは、ウコンのめざましい繁殖力によるものと思われます。

コンは根茎を一片でも植え付けたなら、たちまちにして増殖してしまうほどの強い生命力を持っているのです。

そして、こうした厳重な警戒にもかかわらず、秘密裡に栽培していた一般人もいたそうです。

厳しい法をおかしてまでも、薬効の高いウコンは手にする価値があったということなのでしょう。

また、薩摩藩でも、やはり専売制度が敷かれ、藩の財政立直しの一助となったとされています。

明治以降の日本では、西洋医学が中心となるにつれて、ウコンの薬剤的利用法も忘れ去られてきましたが、沖縄ではその間も健康に有効な民間薬として愛用されてきました。

屋久島春ウコン粉末
屋久島春ウコン粒